January 16. 2026 ANGIE AND KENT’S WOOL BLANKET Episode – 0
「彼女はアンジェリーナ」
メイン州の一般的な家庭で育ったケントの趣味は読書で、テニスが少し得意だった。
整備士の父親はやさしかった。
アメリカは正しく、強い国だと信じていたが、どこか自信がなさそうでもあった。
母は洋裁が得意ではなかったが、ジーンズ工場で働いていた。
6月に大学を卒業したケントは、ガソリンスタンドで働き始めた。
本当は図書館で働きたかったが、なんとなく父親のような仕事を選び、とりあえず働くことにした。
なぜ大人たちが自信を失っているのか、ケントにはよくわからなかった。
時代がそうだったのだろう。
「正しく強い」という言葉には、いろいろな見方がある。
敵と味方にとって、それは当然、相反するものだ。
怒り続けるのにも、悲しみ続けるのにも、いつかは疲れてしまう。
導いてくれるはずの大人たちでさえ、迷っているように見えた。
もしかしたら――
正しくないのかもしれない。
だったら、
僕は自分で何かを見つけなければならない。
父親の客が給油にやってきた。
新車のMACH1は、たしかにかっこよかった。
大きくなったボディが威張っていて、「428CJが載ってるんだ」と自慢して帰っていった。
憂鬱な日もある。
そうでない日もある。
うまくいっているはずの毎日も、なぜか退屈に感じる。
8月になって、ケントはガソリンスタンドを辞めた。
数日後、切符を買い、ひとりホームに立った。
行き先はニューヨーク、ウッドストック。
特別興味があったわけじゃない。
ただ、なんとなく。
ほんとうに、なんとなく。
出発前にフェスティバルの話をすると、母はアイボリーホワイトのピケジャケットとパンツを渡してくれた。
どうやら、ファミリーセールで買ってくれていたらしい。
「ニューヨークに行く息子に」
それが母親なりの良心だった。
会場へ向かう道すがら、
僕は少しうつむいて歩いていた。
ピカピカのピケのジャケットとパンツが、なんだか気恥ずかしかった。
ライブの音が遠くから聞こえてくる。
盛り上がるファン、ビール、タバコ、笑い声。
誰も僕に興味はない。
それぞれが、それぞれの時間を生きていた。
僕はフェンスに腰をかけた。
夕方、雨が降ってきた。
別に構わなかった。
フェスティバルは、まだ続く。
近くでキャンプしていたカップルが声をかけてくれた。
「寒くないか?」と、コンソメスープを渡してくれた。
久しぶりに、誰かと話した気がした。
両親のこと、大学のこと、ガソリンスタンドのこと。
特別な話じゃない。
ただ、憂鬱なんだ、という話だったと思う。
彼らは酔っていて、彼女は途中で眠ってしまった。
僕は礼を言って、その場を離れた。
「ねえ、ケント君?」
振り返ると、女の子が立っていた。
「あの、大学の図書館で……」
「ア……アンジェリーナ!」
「覚えてる?」
「も、もちろん。」
「でも、なんでここに……」
「そっちこそ。」
「ねえ、座って話そうよ。」
「初めて……」
「そうだね。初めて話すね。
アンジーって呼んで。」
「アンジー。」
「寒いから、そのジャケット貸してくれない?」
「うん。」
「お礼にこれ。」
アンジーは、コカコーラをくれた。
……「冷たっ!」
雨音と遠くの音楽の中で、
僕はその冷たい缶を握りしめていた。